グループ展『正光寺美術館 山と海と煙突と』

Group exhibition “Mountains and sea and chimneys”

北海道苫小牧市にあるお寺・正光寺の本堂を会場としたグループ展に、アクリル画5点を出展いたしました。

会期:
2020年9月19日(土)〜9月25日(金)
会場:
浄土真宗本願寺派 正光寺
(北海道苫小牧市高砂町2丁目3-21)

from September 19 to September 25, 2020
Venue: Temple SHOKOJI
(Tomakomai, Hokkaido, JAPAN)


今回の作品の出発点は「シャーデンフロイデ」という言葉でした。日本語での「他人の不幸は蜜の味」に該当する感情のことです。特に、自分自身が手を下したわけではない場合や、相手が自分よりも優れている(と感じられる)場合、かつ、その不幸が極端に大きくない場合などに生まれやすい感情のようです。
 この感情が現われるとき、単に「ざまあみろ」で終わらず、「指摘してあげている」という名目で他人の失敗をわざわざ人目にさらしたり、「同情している」という立て付けにして相手のみじめさをいつまでもいじくりまわすなど、「善良な・良識的な言動である」という大義名分を備えて、いろいろな形式を装って現われることもあるように思います。大義名分の傘の下では、自分自身のなかに発生しているシャーデンフロイデの感情に気づくことは、なかなか困難です。「他人の不幸を喜ぶ」という作法はあまり良いものとは扱われれず、誰でも、自分がそのような感情を持っているとは思いたくないのではないでしょうか。
 ところがこのシャーデンフロイデは、人間社会を維持するうえで必要な感情として備わっているようです。例えば社会のなかで特定の人だけが不当に利益を得ていて、周囲が搾取されている状況などにおいて、その特定の人を引きずり下ろすことで周囲の人々の状態を相対的に良くしていく、というような働きをすることもあるようです。その点を考えると、この感情も使いようという気がしてきます。「そんな感情を持つことは下品だ」と毎回抑え込むのもどうなのかとよく考える必要が要るのかもしれません。
 シャーデンフロイデのことを調べていて、仏教に「三毒」という言葉があるのを知りました。克服すべき煩悩を毒と表しており、「貪(とん。貪り)」「瞋(じん。怒り)」「癡(ち。愚かさ)」の3つがあります。貪は鶏、瞋は蛇、癡は豚で象徴されることがあるようで、今回それらの動物を主題に起用しました。この3つの煩悩は、一つ一つの煩悩は独立しているのではなく、常にお互いを支え、寄り添って慰め合っていること、そして、例えばこの黄金の藪のような、なんだか見栄えはいい場所に置くことで、いつまでもそのままで存在させてしまっているように思います。
 この三毒は果たしてどうでしょうか。シャーデンフロイデのように何かに有益に働く場面があるでしょうか。私、あるいはこの社会がそれを有益に使えることはあるでしょうか。そのとき、この3つの煩悩は、どのような姿で現れるのでしょう。

出展作品の一つ『傘(貪・瞋・癡)』Umbrella (Desire, Hatred, Ignorance)
2020, 1167mm ×910mm, acrylic on canvas